コラム

17世紀の王侯貴族も魅了した工芸品:唐津焼

要約

  • 唐津焼は佐賀県を中心に生産され、侘び寂びの美学を具現化する伝統的な焼き物で、
    茶道具として特に高く評価されてきた。
  • その特徴は素朴で味わい深い風合いや独特な模様にあり、
    多様な種類と個性的なデザインが魅力。
  • 1580年代に朝鮮半島から伝わった技術を基盤に発展し、
    桃山時代には全国的な名声を獲得したが、江戸時代以降に衰退と復興を繰り返した。
  • 中里無庵らの陶芸家が技術の復活に貢献し、
    現代では新しいデザインや持続可能な視点が加わり、国内外で再評価されている。
  • 唐津焼は日本文化の象徴としてだけでなく、
    観光地や経済活性化の要素としても重要な役割を果たしている。

イントロダクション

茶道は、日本の侘び寂びを体験できる重要な「道」のうちの1つです。
特に、茶道を構成する要素の1つに茶道具があります。
主に佐賀県の唐津市を中心に作られている唐津焼(からつやき)は、
かつて「一楽二萩三唐津」と謳われるほど、有名な茶道具でした。

唐津焼は、日本の伝統工芸品として長い歴史と深い文化を誇っています。
その起源は安土桃山時代にさかのぼり、日本人の精神文化を反映し、
わびさびの美学を具現化しています。近年ではその素朴な美しさと実用性が再び注目され、
国内外の人々の心を掴んでいます。
特に現代のライフスタイルに溶け込むデザインや、持続可能なものづくりの観点から再評価され、
唐津焼は、新しい価値を提供しながらその伝統を守り続けています。
この記事では、唐津焼について概観するとともに、現代における重要性について考察していきます。

唐津焼の特徴

Metropolitan Museum of Art, CC0, via Wikimedia Commons

唐津焼の特徴は、その素朴で味わい深い風合いにあります。
ざっくりとした土の質感が生かされ、温かみを感じさせる仕上がりが魅力です。
この質感は、製品を手に取るときの心地よい触感や、日常生活で使う際の親しみやすさを生み出します。

それに加えて、唐津焼は非常に多様な種類があります。
斑唐津や絵唐津といった代表的なもののほかにも、粉引唐津や三島唐津など、
さまざまな技法や装飾が施されています。それぞれの釉薬や装飾が独自の個性を生み出し、
一つ一つの作品が唯一無二の魅力を持つのです。

特に斑唐津では、鉄分を含む釉薬が焼成中に独特な模様を形成します。
この模様は、窯の中での炎の動きや温度の微妙な変化によって決まり、
同じデザインが二度と作れないという唯一無二の価値があります。
また、絵唐津では、花や草木、鳥などの模様が鉄絵によって描かれ、
その素朴な美しさが多くの人々を惹きつけています。
これらの特徴が唐津焼を特別な存在として際立たせているのです。

歴史的背景

Gryffindor – 投稿者自身による著作物, CC0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=64741787による

唐津焼の始まりは1580年代にまでさかのぼります。
肥前国(現在の佐賀県・長崎県)で生産が始まり、日常雑器から茶器まで幅広い用途で愛されました。
その名の由来は、製品が唐津港から積み出されたことによるとも言われています。
当初は朝鮮半島から伝わった技術が取り入れられ、土灰釉や藁灰釉を使った焼き物が主流でした。
これらの技術は、当時の日本にはなかった高度なものであり、唐津焼の基盤を築き上げました。

その後、桃山時代には茶道具としての地位を確立し、全国的に名声を得ました。
この時代の茶の湯文化の高まりとともに、唐津焼は侘び寂びを象徴する器として重宝されました。
しかし、江戸時代に入ると窯場の乱立や藩の政策により衰退を余儀なくされました。
それでも、一部の窯では茶器の生産が続き、伝統が受け継がれていきました。
明治以降には近代化の波に押されて一時的に廃れるものの、
昭和期には中里無庵らの尽力によって復興が果たされ、現在の唐津焼の基盤が築かれました。
このような歴史の中で、唐津焼は常に進化し続けています。

世界における唐津焼に似た工芸品

唐津焼は、その独自の伝統と技法により、東アジアの陶磁器文化に大きな影響を与えてきました。
朝鮮の高麗茶碗や中国の景徳鎮磁器との類似性は、唐津焼の持つ普遍的な美学を示す重要な証拠です。
例えば、高麗茶碗は、その質朴で素朴な美しさから茶道具として高く評価されており、
唐津焼と共通する精神性と芸術性を体現しています。
両者は、実用性と美的価値を巧みに融合させた陶磁器として、
それぞれの文化における伝統工芸の真髄を表現しているのです。

欧州における東洋陶磁器の受容においても、唐津焼は重要な役割を果たしました。
17世紀、佐賀県有田町で生産された伊万里焼は、オランダ東インド会社によって大量に輸出され、
世界中で珍重されました。「Imari」として知られたこれらの磁器は、
東南アジアや中近東、ヨーロッパの王侯貴族の宮殿を飾り、
東洋の芸術性と精巧な技術を世界に知らしめました。
この国際的な交流は、唐津焼をはじめとする日本の陶磁器が、
単なる工芸品を超えて、文化外交の重要な媒体となったことを物語っています。

Daderot - 投稿者自身による著作物, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=31386894による
Daderot – 投稿者自身による著作物, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=31386894による

唐津焼が果たした文化的役割は、単に美しい陶磁器を作ることを超えています。
日本や中国の陶工たちの技術は、互いに影響を与え合い、発展してきました。
貴族階級に愛された唐津焼や伊万里焼は、その洗練された形状と独特の釉薬技法により、
世界中の陶芸家たちに影響を与えてきたのです。
これらの陶磁器は、異なる文化間の対話と理解を促進する架け橋となり、
日本の伝統工芸の卓越性を国際社会に示す象徴的な存在となりました。
唐津焼の世界的な影響力は、まさに日本の文化外交における重要な資産といえるでしょう。

代表的な陶芸家

唐津焼の復興と発展に大きく貢献した陶芸家に、中里無庵(なかざと むあん)がいます。
彼は江戸時代から続く窯元の12代目として、古唐津の技法を復活させ、人間国宝にも認定されました。
無庵の復興活動により、失われていた「叩き作り」や「斑唐津」の技術が現代に蘇りました。
この努力により、古唐津の技術は再び注目を浴び、伝統工芸の未来を切り開く道筋が示されました。

また、13代目の中里逢庵は現代的な装飾を取り入れた新しい唐津焼を創出しました。
彼は伝統を重んじつつも、時代に合わせた創意工夫を加えることで、唐津焼の幅を広げました。
さらに、14代目の中里太郎右衛門は中国的な技法を融合させ、多様性を持つ作品を制作しています。
彼の作品には伝統と革新が融合しており、これまでにない表現が可能となっています。
このように、中里家の陶芸家たちは唐津焼の伝統を守りつつ、
新たな挑戦を続けており、その影響は次世代の陶芸家にも受け継がれています。

中里太郎右衛門14代のインタービュー動画は以下のリンクからアクセスできます。
【十四代 中里太郎右衛門インタビュー】

唐津焼が主に作られる地域

唐津焼は、佐賀県唐津市を中心に、武雄市、伊万里市、有田町、
さらには長崎県の一部地域にまで広がっています。
これらの地域は、陶土の質や窯の技術により、個性豊かな唐津焼を生み出してきました。
例えば、唐津市の窯元では、
伝統的な技法を守りつつも新しいデザインを取り入れた作品が多く生産されています。

特に、武雄系の唐津焼は「二彩唐津」として知られ、多彩な装飾が施されています。
この地域では、古くから茶器や日用品としての焼き物が作られており、
唐津焼の多様性を象徴する重要な拠点となっています。
また、伊万里市や有田町でも唐津焼が生産されており、
それぞれの地域ごとの特色が唐津焼全体の豊かさを支えています。
さらに、これらの地域は観光地としても人気があり、
多くの窯元が訪れる人々に唐津焼の魅力を伝えています。

製作工程:どのように作られるのか?

唐津焼の製作工程は、なんと土選びから始まります。
唐津焼の魅力は、土で決まるといわれるほどで、土の特徴が作品に現れるからです。
そのため、陶芸家の作風に合わせた土を見つけ、採掘することは、
最初に行う最も重要な作業になるのです。

唐津焼は、使用される釉薬(ゆうやく、うわぐすり)や元になった焼き物の技術によって、
さまざまな名前が付けられています。
例えば、朝鮮唐津は、李氏朝鮮の陶工の技術を用いた伝統的な唐津焼です。
鉄を含んだ黒釉である「黒飴釉」と、藁灰を主成分にした白釉は、
「白海鼠釉」の2色を用いて焼成します。
焼き上がりは飴色がかった黒色と、乳濁している白色が混じり合う色合いになります。

また、斑唐津(まだらがらつ)は、長石と藁灰を混ぜた白濁した釉をかけて焼成することで、
胎土に含まれる鉄分が滲み出てきて釉薬と混ざり斑模様になります。
模様は青、黒、紫色などになり、その濃度は作品により異なります。
この唐津焼の技術は朝鮮の陶工より伝わり作られたものです。

そのほかに、生地に鬼板と呼ばれる鉄顔料を用いた絵唐津、白い長石釉を掛けたもので、
美濃窯産の志野焼を連想させる釉薬を使った瀬戸唐津(せとがらつ)、
朝鮮の陶磁器である三島=象嵌を用いた三島唐津(みしまがらつ)などがあります。

作業名 説明
陶土の採掘 採取した土を削り鎌で削り、粘土を山状に積み上げたら根気強く削り、
どんじいと呼ぶ槌を使って凹凸をなくしていきます。
土踏み 削り取った粘土へ水を混ぜたら、そのまま踏んでいきます。円盤状になったら、
今度は粘土を切断して再度踏みます。土の固さの感覚は一朝一夕には身に付かないため、
土踏みは職人の感覚や経験が問われる工程です。
土練 土をよく練り、土の中に含まれる空気を抜いていく作業です。
よく練ることで粒子を均一にします。練ったものは砲弾形に成形します。
成形 形成の一般的な方法は、「ろくろ成形」です。ろくろ成形は「水挽き」とも呼ばれ、
水を手につけることで回転するろくろに対して滑らかに手を当てることができます。
伝統的な技術である「蹴ろくろ」なども使用されていました。
成形が終了したら、高台の削りを行い、自然乾燥を行います。
加飾 彫りや「櫛目(くしめ)」、「刷毛目(はけめ)」などの伝統的な技を用いながら、
加飾していきます。絵付けを行う前に、低温で素焼きを行うこともあります。
絵付 絵付けに用いる道具は、毛筆・刷毛が主ですが、指や竹を使って描く職人もいます。
平面ではない器の上に直接描いていくこの作業は、
やり直しがきかないうえにイメージ通りの絵を付けるのは難しく、長い修練が大切です。
絵付けをしたら、施釉(せゆ)をして、乾燥させておきます。
本焼成 最後の工程・本焼成(ほんしょうせい)では、作品を窯に詰めていきます。
焼成に入ると、1250〜1300℃の高温で焼きあげます。
焼き上がりによって作品の風合いが大きく変化するため、集中した技術が求められます。

現代における唐津焼の重要性

近年、日本の伝統工芸品への関心が高まりを見せる中で、
唐津焼はその中核を担う存在として再評価されています。
唐津焼は、かつて「一楽二萩三唐津」と茶道具の世界で高い評価を受け、
侘び寂びの精神を象徴する陶器として知られてきましたが、
明治以降の産業構造の変化で一時衰退しました。
それにもかかわらず、20世紀後半には中里無庵などの陶芸家たちが古唐津の技法を復活させ、
伝統の再生に成功しました。現在では、唐津焼は約70の窯元で生産され、
古唐津の再現だけでなく現代的な感覚を取り入れた新しい作品も生み出されています。
このような活動は、唐津焼を単なる過去の遺産ではなく、
時代に合わせて進化する「生きた伝統工芸」として位置づけるものです。
たとえば、若い世代の作家が新しいデザインや釉薬の技法を取り入れることで、
唐津焼は国内外の陶器愛好者に新たな魅力を提供しています。

唐津焼の復興と発展は、現代の日本人にとっての「美と機能の融合」の価値を、
再認識させる役割を果たしています。その特徴的な素朴さと侘び寂びの美学は、
現代人の心を和ませる器として再び脚光を浴びています。
たとえば、唐津焼の茶碗や皿は、料理や花を引き立てる器としてだけでなく、
使うほどに深みが増す「用の美」を体現するものとして評価されています。
この特性は、「使い手とともに完成する」という唐津焼の哲学と重なり、
使う人々に親密さと満足感をもたらします。
また、佐賀県や長崎県を中心に唐津焼に関連する観光地や施設が整備されており、
地元経済の活性化にも寄与しています。
たとえば、佐賀県立九州陶磁文化館では、唐津焼の展示や陶芸体験が提供され、
多くの観光客を惹きつけています。
このように、唐津焼は単なる工芸品にとどまらず、
日本の文化的アイデンティティの再発見と地域振興を支える重要な要素となっています。

参考文献

Japanese Traditional Culture Promotion & Development Organization (NA) Japanese traditional craft Resource Center (https://www.jtco.or.jp/en/japanese-crafts/?act=detail&id=288&p=41&c=31, Accessed on 18/12/2024).

KOGEI JAPAN(NA) 「唐津焼」(https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/karatsuyaki/, 2024/12/18 アクセス).

一般社団法人唐津観光協会「唐津焼」(https://www.karatsu-kankou.jp/guide/karatsu/, 2024/12/18 アクセス).

独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所(2023/9/13 更新) 「中里無庵 日本美術年鑑所載物故者記事」(https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9867.html, 2024/12/18 アクセス).



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